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広島高等裁判所 昭和56年(行コ)13号 判決 1982年12月21日

控訴人 広島県公安委員会

代理人 原伸太郎 平元勝一 ほか五名

被控訴人 中越万照

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、申立

1  控訴人

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文同旨

二、主張及び証拠

<証拠略>ほかは原判決事実摘示のとおりであるから(ただし、原判決八枚目裏七行目の「処分の執行を命じた」を「運転免許取消し処分通知書を交付した」に改める。)これを引用する。

理由

一、被控訴人が控訴人から昭和五五年一月一七日更新にかかる普通自動車及び自動二輪車第一種運転免許(免許証の番号第六一六七〇七二七九七〇号)を受けていたこと、被控訴人は昭和五四年一二月一四日普通自動車による交通事故(以下、本件交通事故という。)を惹起したところ、従来の被処分歴と相俟つて、道路交通法(以下、法という。)一〇三条二項二号及び同法施行令(以下、施行令という。)三八条一項一号イにより、右免許が取消される場合に該当するとして、昭和五五年四月二日、広島県警察官三好利春の主宰する法一〇四条所定の聴聞手続が行われ、同日午前一一時ころ広島県警察官川崎順一郎が被控訴人に対し、控訴人名義の運転免許取消処分通知書を交付することによつて処分通知をしたこと、右通知をした時点ではいまだ控訴人において右通知内容の決定をしておらず、同日午後になつて控訴人委員会が開催され、被控訴人に対する処分が決定されたこと、右決定後、それについてあらためて被控訴人に対し通知がなされていないことは当事者間に争いがない。

二、<証拠略>と右争なき事実によれば、次の事実が認められ、これに反する<証拠略>の記載は信用できず、他にこれを左右するに足る証拠はない。

1  控訴人は「聴聞および弁明の機会の供与に関する規則」を設け、原則として公安委員長が聴聞を主宰するが、広島県警察本部長もしくはこれが指名する警察職員などにもこれを主宰させることができることにしており、また、「広島県公安委員会が行う聴聞の代行に関する規程」を設け、法一〇四条の聴聞につき、運転免許取消事件のうち、事案が重大複雑とみられるある種のものを除いては、警察本部長及びこれが指名する警察職員に主宰させて行うものとしている。

2  控訴人は昭和五五年四月二日法一〇四条所定の聴聞を実施したが、右規定により三好利春がこれを主宰した。当日は午前八時四〇分ころから同一一時四〇分ころまで三〇人の者を対象として聴聞が行われたが、それらはすべて運転免許取消が考えられる事案であつた。被控訴人はそのうちの一名であり、午前一〇時一五分ころからその聴聞が行われた。三好においては、本件交通事故について作成された刑事事件記録などを資料として被控訴人の弁明を聞いたが、その被害者高橋一夫に対し傷害を与えているとみられるのに被控訴人はこれを否定した。そこで三好は補助者として同席していた広島県警察官宮本孝雄に対し高橋が治療を受けた整形外科病院に電話照会をさせたところ、高橋は本件交通事故の翌日である昭和五四年一二月一五日から昭和五五年一月二二日まで、頸部腰部捻挫により一一回の通院治療を受けている旨の回答があつた。三好はこのことを被控訴人に告げて弁明させたうえ聴聞を終えた。聴聞は途中電話照会のため中断したが、午前一〇時五〇分ころまでに終了した。

3  三好においては、被控訴人には前歴があり、本件交通事故は被控訴人の追突によつて生じたものであり、他人に軽傷を与えたものであるから、運転免許取消処分に該当するものと考え、「免許を取消し、昭和五五年四月二日から一年間を免許を受けることができない期間として指定したので通知します。」との記載がある控訴人名義で被控訴人宛の「運転免許取消し処分通知書」を作成した。そして、右通知書を本人に渡すなど事後の措置を担当していた広島県警察官川崎順一郎に対しその措置を命じたので、川崎は隣の控室に待たせておいた被控訴人に対し右通知書を交付し、被控訴人からその受領書を受取ると共に、その所持していた運転免許証の返納を受けた。これらの手続はすべて午前中に終了した。

4  控訴人は同日午後一時から、当日午前中に法一〇四条所定の聴聞をなした三〇件につき、会議を開いて各処分を議決決定し、被控訴人に対してもさきに通知したと同一内容の処分を議決決定した。関係記録によれば、控訴人のなした決定内容は実体的には誤りはなく、被控訴人は聴聞に当つて、被害者に傷害を与えていないとの主張をしたが、その点も理由のないことが明らかである。

三、三好利春はその証言において、聴聞をする前に警察本部長が量定をきめており、聴聞はその弁明を求めるものであり、聴聞官が被聴聞者に対し取消処分通知書を交付して運転免許証の返納を受け、その後において控訴人が正式に処分を決定するということは、至極当り前のことであつて一般的にも行われていたかの如き口調で供述する。被控訴人の場合は特種の事情があつて異例の取扱いをしたとはいつていない。その取扱いに不審をいだいた原審裁判官の尋問に対しても、「公安委員会の決裁は事後決裁である。事後決裁とは処分を告知した後の決裁ということである。量定がはつきりしているものは本部長が量定する。」と答えている。前記認定の如き取扱方法が日常行われていたとはとても考えられないが、あるいは本件当日に聴聞された三〇件については同様な取扱いがあつたのではないかとの疑いは残る。

四、行政処分は手続的にも実体的にも慎重適正になさるべきであるが、本件の如き国民の具体的利益を直接的に奪う処分は、殊にそうであるといえる。

本件一連の処置は、運転免許取消処分の通知があり、即日同一内容の議決決定がなされたという点において行政処分不存在ということはできない。しかし、前記認定にかかる一連の処置を見ると、被控訴人が主張する如く、無権限者が運転免許取消処分を決定して通知しその執行までなし(当時交通部運転免許課長であつた広島県警察官瀧川進平が本件の経過につき広島県警察本部長宛に報告した「中越万照に対する運転免許取消処分のための聴聞及び処分執行状況」と題する書面(<証拠略>)には「聴聞終了後、聴聞待合室に待機させたのち午前一一時ころ、当時聴聞官三好利春が当時事務処理担当者巡査部長川崎順一郎に運転免許取消処分の執行を指示した。」「川崎順一郎は聴聞待合室において、運転免許取消処分通知書を中越万照に交付し、運転免許証及び運転免許取消処分通知書に対する受領書を徴収した」との記載がある。)、事後において始めて処分権者がこれを決裁したともいえる経過を辿つていることは否めない。このような取扱方法は、運転免許取消処分の根幹に関する重大な瑕疵であるということができ、本件処分は無効であるといわざるを得ない。

五、控訴人は(イ)本件運転免許取消処分は決定と通知の内容は同一であり、被控訴人は昭和五五年五月三日付で右処分の取消を求めて異議申立をしているのであるから、控訴人の決定時にその内容を知つていた関係になるし、現実にも右異議申立をしていることであるからなんらの不利益もなく、その瑕疵は軽微といえる、(ロ)被控訴人は被害者高橋をして虚偽の上申書を作成させるなど、本件聴聞手続において健全な社会人にあるまじき行動をとつたものであり、右処分を無効とすることは著しく社会的公正を害する、(ハ)運転免許取消処分の要件は法によつて一義的に定められ、裁量の余地の乏しいものであることからいつて、通知と同じ内容の決定が後になされたことによつて瑕疵は治癒されたなどと主張する。

しかしながら、前記の如く、本件運転免許取消処分における瑕疵はその根幹に関する重大なものであるから、被控訴人が後に決定内容を知つて異議申立をしたという点も、被控訴人の態度が公正といえなかつた点も、これに影響を与えない。また、当該交通事故が、施行令三八條別表第一の基礎点数を定めるための違反行為のいずれの種別に当るか、付加点数を定めるための交通事故のいずれの種別に当るかを決定するには、事実認定を要するところであるし、法一〇三条所定の基準はあくまで基準であつて裁量の余地の全くないものでもないし、いずれにしろ、本件運転免許取消処分の瑕疵が治癒されているともいえない。

六、以上の次第で、本件運転免許取消処分は無効であり、これが確認を求める被控訴人の主位的請求は理由があるからこれを認容すべく、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹村壽 梶本俊明 出嵜正清)

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